亀山千広さん、ジャズ喫茶で事件は起きていますか?(映画.com)

出典元:映画.com

[映画.com ニュース] 日本実写映画興行収入記録を樹立した「踊る大捜査線」シリーズの生みの親として知られ、現在の日本映画界、ドラマ界に多大な影響を与えてきた亀山千広氏が、約7年ぶりに映画業界へ“復帰”を果たした。それが、「ジャズ喫茶ベイシー Swiftyの譚詩(Ballad)」だ。BSフジの代表取締役社長として多忙な日々をおくる亀山氏を突き動かしたものが何だったのかに迫る。(取材・文・写真/編集部)

 ジャズ喫茶に今も通っているという人が、日本に一体どれくらいいるだろうか。ジャズバーでもジャズクラブでもなく、ジャズ喫茶にである。1960~70年代に隆盛を迎え、最盛期には全国で500店舗以上が各地に点在したといわれている。コーヒー1杯で何時間も粘りながら、店主こだわりのレコードコレクションを聴くことができる。それも、高価なオーディオ装置で大音量再生という環境に身を置きながら。ただ、頑固おやじの店主が目を光らせ、私語厳禁の店も数多くあった。世界に類がない日本独自の営業形態だが、大卒初任給が1万5000円前後と言われた時代に輸入盤のLP1枚3000円前後もする“高級品”だったレコードを買い漁ることなど容易ではなかった。ましてや現代と違って情報収集手段が極端に少なかった当時、ジャズ喫茶は日本のサブカルチャーシーンを牽引する役回りも担っていたのである。

 タイトルにもある「ジャズ喫茶ベイシー」は、菅原正二氏が岩手県一関市に店を構えて50年目を迎える。同店を特別たらしめんとするのは、菅原氏のオーディオへのこだわりにある。より良い音を再現するため、開店以来使い続けるJBLのオーディオシステムに日々調整を重ねることで、聴く者に演奏者がその場に現れたかのような錯覚を起こさせる。いつしか国内外のジャズファン、オーディオマニアのあいだで“聖地”となり、いまも最高の音を求める人々が同所を訪れている。

 今作のメガホンをとったのは、星野哲也。映画を生業にしている人物ではなく、東京・白金台にあるバー「ガランス」の名物オーナーとして飲食業界では知られた存在だ。そんな星野氏が20年以上にわたって通い続けてきたベイシー、そして菅原氏の姿をきちんと形として残しておきたいと思い立ち、試行錯誤の末、1本のドキュメンタリー映画としてまとめあげた。

 完成した今作は、菅原氏がかけるカウント・ベイシー、マイルス・デイビス、セロニアス・モンクら偉大なジャズメンたちのレコードを、アナログ録音の伝説的名器「ナグラ」で生収録している。さらに、出演する面々も豪華そのもの。エルビン・ジョーンズ、阿部薫の生前の演奏場面を確認することができるほか、ベイシーの虜となった安藤忠雄、小澤征爾、鈴木京香らが、実に気持ち良さそうにその魅力を語っている。

 だが、ここまで読んでも同作と亀山氏が結びつかない人は少なくないはずだ。筆者も然りで、亀山氏を前回取材したのは約8年前。「踊る大捜査線総括」と銘打ちながら、五所平之助監督の書生を務めた話までさかのぼり、50分の取材時間は気づけば2時間30分を突破した。途中、予定していた会議のスケジュールを調整するために電話をかけ始めると、「ごめん、会議室じゃなくて局長室で事件が起きてるわ!」とサービストークまで披露してくれ、片時も取材者を飽きさせない姿が脳裏に焼き付いていた。亀山氏はその後、フジテレビ社長を経て、17年からはBSフジ社長として辣腕をふるっている。それだけに、なぜこのタイミングでドキュメンタリー映画にプロデューサーとしてクレジットされているのか腑に落ちない部分があった。

 「あれから紆余曲折ありましたねえ。話せば長くなるんですが、簡単に言えば行きつけの飲み屋のマスターが監督で、趣味の分野の師匠が菅原さんだったということです。最初にホッシー(星野監督)から話を聞いたときは、さすがに乗れないわけですよ。今まで手掛けてきたものと全く違うものだから。ドキュメンタリーが得意な人間がいるはずだよ……と思いながら、話は聞いていたんです。ただ、そのうち岩手へ取材に行っちゃうから、店を休みがちになるわけですよ。それである時、どうなっているの? と聞いたら、なかなか先が見えないと。その時、僕がBSフジの社長になった頃だったのかな。BSでドキュメンタリーというのは立派なソフトになりますし、ましてやそれが映画になってリマスターすれば財産にもなるので、立場的に乗れない話ではない。じゃあ、1回引き上げて、まっさらにして作り直してみようという話になったのが1年半くらい前。ドキュメンタリーを作った経験から編集マンが絶対に大事だと感じていたので、『踊る』で一緒にやっていた田口拓也に『いいからやってみろ』って(笑)。ジャズなんか聞いたことない彼にやらせてみたら、良い方にマッチしてくれたんですね。ベイシーの常連でもあるタモリさんも、田口のことをほめちぎってくれていましたよ」

 亀山氏の年齢(現在64歳)を考えれば、青年期にジャズと触れ合う機会は現代よりもずっと自然なことと理解できるのだが、これまでのプロデュース作が脳裏に浮かび、固定観念がそれを邪魔してしまう。「当時はロックが終わり始めていて、ロンドンではセックスピストルズとかが流行っていた時期。音楽趣向的に『ちょっとなあ…』と感じるなかで、インテリぶりたいっていう非常にナンパな理由でジャズを聴き始めたんですよ」と振り返る。

 「大学が早稲田だったので、近場だと四谷に(老舗ジャズ喫茶の)『いーぐる』があるんですが、私語禁止といわれても僕は聴いたらしゃべりたいタイプ。だったら自分でレコードを買って聞くしかないから、バイト代は随分レコード代につぎ込みましたよ。ただ、当時は学生街に中古レコード屋というのが必ずあってね、そこのお兄ちゃんに『次はこれを聴け、新譜なんて買う必要ない、その装置だったらこれで十分』なんて言われたりしてね。映画にもいえることですが、昔の作品に触れないとダメだと感じていました。新しいものはすぐに吸収できるから、古いものをしっかり聴こうという姿勢が基本にはありました」

 フジテレビ入社後は激務に次ぐ激務で、一時的にジャズとは距離を置いていたそうだが、「50歳になったとき、ふと自分の身のまわりで50年生きてきたものってあるかな? と探してみたんですが、そんなものひとつもないわけですよ。ただ、マイルス・デイビスのマラソンセッションの録音日が1956年で、僕の生まれた年なんです。それで唐突に、『残りの余生をジャズと過ごすか』と考えたら、装置だよなあと。若いころに比べて多少は趣味に使えるお金が出来たので、スピーカーを買ったりオーディオに凝り始めたときに、菅原さんと出会ってしまったんです」と明かす。

 巡り巡ってプロデューサーとして今作に関わることになったわけだが、「自分の趣味を一番もろ出しにした映画になりましたね。これまではエンタメを作らないといけなかったから、趣味の要素を仕事に持ち込んではいけないと自分の中で決めていたんです。劇伴でジャズを使ったことすらありませんでしたから」とニヤリ。さらに、「ジャズ喫茶に通っていた人たちが何かを感じ取ってくれたら嬉しいなあ。家でほこりをかぶっているレコードを再びかけてみようかと思ってくれるだけでも嬉しい。いま、音楽を含めて何もかもが手軽になってしまっているから、手間暇かけるという行為を面白がってもらえたらいいなあとも思うんですよ。少し余裕が出てきた僕ら中高年が、ふっと自宅で出来る趣味を持つと豊かになるんじゃないかとも思うんですよ。でもまあ、僕が豊かかというとそうじゃない。オーディオなんか、はまっていくとろくなことないから(笑)」と補足する。

 本編には、「ジャズというジャンルはない、ジャズな人がいるだけだ」など、含蓄のある菅原氏の言葉が幾つもちりばめられている。筆者も、ある地方都市で創業50年を迎える老舗ジャズ喫茶に25年通い続けているが、その店のオーナーから同じことを言われ続けてきた。「ジャズというのは、最初はジャズじゃない。『これがジャズ? こんなの分かんない』というのが何年か経ってジャズになるんだよ。ジャズが流れているからジャズ喫茶なんじゃない。そこに集う人たちがジャズであるか否かなんじゃないかな」と。同時代を生き抜いてきた全国のジャズ喫茶のオーナーたちの、長く続けなければ到達することができない“心”が、今作には結集しているとすら感じられる。

 「結局のところ、どのポジションにいようが、もの作りが好きなんですよね」と朗らかに語る亀山氏に、今後の動向を聞いてみた。「かつてのようなペースとはいかないだろうけど、出来れば映画を作っていきたいですねえ。しばらく別の神経を使ってきましたから、純粋にもの作りをしたいという思いがあります。悔しいかな、これでちょっと火をつけられたんです。色々な作品に触れて、『俺だったらこう作るのになあ』とか、前に思っていたような感情が戻ってきているんですよ」

 新型コロナウイルスの感染拡大による自粛期間は、1970年代のアメリカ映画を見直していたという。「サム・ペキンパーの作品を見ていましたし、あと、ジョージ・ロイ・ヒルって天才だと思いました。『スティング』がいかに良く出来た作品かが改めて分かります。どこにも落ち度がないし、映像であそこまで人を騙すことが出来るのは凄いですよ。あとは、見返していた70年代の方にタランティーノが寄っていってくれたので、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』ですね。やっぱり上手い」

 余談になるが、今作の撮影中に亀山氏も一度、ベイシーを訪れたそうだが……。「撮影中に行っても、つまらないですよ。菅原さんと話をしていても、スタッフから『うるさい』と言われて黙っていないといけない。かつて大嫌いだった、私語厳禁のジャズ喫茶みたいじゃないか(笑)」

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